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プロ野球ドラフト制度のドラマやエピソード、制度の内容と面白さとは?

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夏の甲子園大会が終わり、プロ野球もペナントレース終盤に差し掛かるといよいよ本格的に話題になってくるのがプロ野球ドラフト会議。秋を迎えてその年々で活躍した選手の進路が取りざたされます。

甲子園を湧かせた選手、大学野球で活躍した神宮のスター、社会人野球で実績を重ねた苦労人、いろんなステージで名をはせた選手が今年はどこの球団に指名されるのか?あるいは進学、就職するのか?プロ野球ファンのみならず高校野球、大学野球のアマチュア野球ファンも注目するのがドラフト会議です。

くじ引きならではのドラマ性や意外性、意中の球団に希望された選手、されなかった選手の心情や表情は見るものにいろんな感動を与えます。それ故にテレビ中継やインターネットでの中継もされるほどの注目度の高さです。

1965年にドラフト制度が導入されてから50年以上の月日が経ち、いろんな問題点、課題が挙がり紆余曲折しながら現在に至っています。その過程では様々なドラマやエピソードが生まれ、社会問題に発展したケースもありました。

そもそもプロ野球のドラフト制度ってどんな制度?かつてはどんなエピソードがあったの?社会問題って?などなど日本中の野球ファンが注目してきたこのドラフト制度について紹介したいと思います!

ドラフト制度ってどんな制度?

通称ドラフト会議あるいはドラフトなどと呼ばれるこのドラフト制度、正式には新人選手選択会議という名称で日本野球機構が開催しています。毎年10月にプロ野球12球団が一堂に集結し、アマチュア選手の契約交渉権を各球団に振り分けるためにドラフト会議が行われます。

それではドラフト会議がなぜ導入されたのか?制度が導入された経緯は?どんな仕組みなのか?について見ていきましょう!

ドラフト制度導入の目的

もともとはアメリカのプロアメフトリーグのNFLで、契約金の抑制を目的として新人選手との交渉権利を分配するために導入されたのが始まりです。日本のプロ野球でもそうですが、各球団が有望な新人選手との契約を競い合う場合、選手はより契約金の高い球団と契約するようになります。そうなれば契約金が高騰するのは明らかです。

さらに高い契約金を用意できるのはいわゆる金持ち球団ですので、有望な選手が自ずと金持ち球団に集中してしまいます。その結果、プロリーグ内の戦力が偏ることで一方的な試合が増加してしまうとプロリーグそのものが衰退してしまいます。

この契約金の抑制とともに戦力の均衡化でリーグの均衡を保つことを目的としてドラフト制度が導入されました。日本のプロ野球でも1965年に導入されましたが、それまでは全国的人気を誇り資金力の豊富な読売巨人軍に戦力が集中していました。

巨人軍は、長嶋、王といったスーパースターを中心に1965年からは伝説の9連覇であるV9を達成しますが、この時に活躍したチームの中心選手は、長嶋、王をはじめまだドラフト制度導入前に入団した選手でした。V9以前も圧倒的な強さでリーグ優勝を何度も達成していました。

もっともドラフト制度導入後、V9以降も数々のリーグ優勝を重ねていますが、巨人軍以外の球団も優勝するようになり戦力の均衡化という点では一定の成果があったといえます。特に日本シリーズではパリーグのチームに負けることも多くなり、ドラフト制度による戦力の均衡化も一因にあるでしょう。

プロ野球の発展に一定の役割を果たしてきたドラフト制度は、様々な制度改正を経て現在に至っています。

一般的に言われるドラフト会議とは、このドラフト制度において行われる新人選手選択会議のことを指しますが、このドラフト会議の仕組みこそがドラフト制度そのものと言えます。まずドラフト会議の仕組みについて見ていきましょう。

ドラフト会議ってどんな仕組み?

ドラフト会議では、12球団が一堂に会して一定のルールのもとで新人選手を指名していきます。当然指名が競合することがありますが、この場合抽選で契約交渉権を決めることになります。ただし指名が競合するのは1巡目までです。2巡目以降はウェーバー方式により早いもの順で契約交渉権が確定します。

  1. 1巡目は入札抽選です。12球団が同時に選手を指名して指名が重複した場合に抽選を行います。
  2. 1で抽選に外れた球団は、抽選に外れた球団のみで再度入札抽選を行い、各球団の1巡目指名選手が確定するまで繰り返します。
  3. 2巡目はウェーバー方式と呼ばれる球団の順位の逆(チーム成績が悪かった順)の順番で選択していきます。この順番は最下位球団(1年おきにセリーグの最下位かパリーグの最下位)から始まり、その後交互にセ・パ下位球団から選択していきます。
  4. 3巡目は2巡目と逆の順番(逆ウェーバー)で行われます。4巡目以降はウェーバーと逆ウェーバーを交互に繰り返します。
  5. 全ての球団が選択を終了するまで上記の選択が繰り返され、全指名選手が120人に達した時点で終了となります。

ドラフト会議でドラマが起きるのはこの1巡目の抽選です。有望な選手から指名されていきますので当然指名が重複することも良くあります。特に5~6球団以上から重複する場合は、相当な人気のある選手ですのでこの抽選に注目が集まります。

抽選方法は、各球団の監督や球団GM、球団代表などの代表者がステージ上に並び、透明のボックスに入った封筒を1人ずつ引いていきます。全員が引き終わった後で司会者の号令に合わせて同時に開封して中に入っている抽選カードを確認します。抽選カードに「交渉権確定」と書かれていれば、見事当選となります。

また抽選に外れた後の再入札でも指名が重複することもあります。この再入札で指名された選手は「外れ1位」と呼ばれることもありますが、この再入札でさらに外れた球団から指名された選手は「外れ外れ1位」と呼ばれたりします。

最初に重複された選手よりも「外れ1位」や「外れ外れ1位」の選手が活躍することも珍しくありません。しかし外れ1位って失礼な呼び方に聞こえてしまいますが、正当な1位選手より活躍してこそ呼ばれることもあるので、抽選の順位が全てではないということですね。

指名できるのはどんな選手?

ドラフト会議ではどんな選手でも指名できるわけではなく、一定のルールがあります。まず過去に日本プロ野球の球団に所属したことがない選手が対象となり、このうち、

  • 日本国籍をもっているか、もしくは日本の中学校、高校とこれに準ずる学校、大学とこれに準ずる団体のずれかに在学した経験を持つ選手
  • 日本の学校に在学中の場合、ドラフト会議の翌年3月卒業見込み、大学の場合は4年間在学している選手であること

となります。ですので社会人野球や独立リーグの選手はほとんどが日本国籍か日本の学校に在学した経験をもつのでこれに当てはまります。また中学、高校は3年生の場合あくまでも翌年3月に卒業見込みがあることとなりますが、大学生は4年在学していれば卒業してなくても指名できることになります。

少し意外かもしれませんが中学生も指名できます。10年以上前に阪神が中学生を指名したことでも話題になりました。日本ではほとんどの中学生は甲子園を目指して高校に進学するので、中学生での指名は事実上行われないのが通例です。

一方で指名できない選手の取り決めもあります。

  • 当該ドラフト開催年度の4月1日以降に退学した選手
  • プロ志望届を提出していない(進学、就職予定の)学生、生徒
  • 社会人野球のチームに入部した選手で中卒や高卒の場合は、入部後3年、それ以外の場合は2年を経過していないもの(所属チームの廃部、休部は除く)
  • 前年のドラフト会議で指名し、その後入団に至らなかった選手(当該球団のみ)。例外事項あり

これらの取り決めはドラフトの抜け道を禁止するために設けられた意味合いがあります。プロ志望届を出していない選手に関しては、進学、就職を表明して意中の球団以外から指名されないようにしておきながら意中の球団が一本釣りすることを防ぐことを目的としています。

また意中の球団以外から指名されて入団拒否して社会人野球部に入部する選手も一定期間は指名できないようにしています。同じように意中の球団以外から指名されて入団を拒否、大学に進学して退学した選手も当該年度は指名できません。

一方で、入団拒否した場合でも1年間浪人した場合は、翌年のドラフト会議でも指名できますが、入団拒否された球団は指名できません。ただし海外の球団と契約した場合は、高校生は帰国から3年間、高校生以外は2年間ドラフト指名できません。

以上のようにドラフト制度は、制度の目的からこのルールを逸脱することを認めないように設計されています。そのように改正されてきた背景には導入以降の様々なエピソードも無関係ではありません。これらのエピソードやドラマについて続いて紹介したいと思います。

過去にあったドラフトエピソード

50年以上の歴史があるドラフト会議では、過去には様々なエピソードがありました。社会問題まで発展したものや思わず笑ってしまうエピソードなど代表的なものについて紹介します。

空白の1日、江川騒動

もうご存じの方も多いと思いますが、今では解説者としてテレビでもお馴染みの江川卓氏のドラフト騒動です。昭和の怪物として作新学院、法政大学と甲子園、神宮球場で多くの野球ファンを魅了した江川投手は、高校、大学でそれぞれドラフト1位指名され入団拒否します。

1977年の大学4年時のドラフトではクラウンライター球団から1位指名されるも入団拒否、大学卒業後野球留学をして翌年のドラフト指名を待ちます。そして翌年のドラフト会議の直前11月21日に巨人と電撃契約しました。

これは前年のクラウンとの契約交渉権(前年の指名後、身売りのためクラウンから西武球団へ移行)が11月20日に失効し、翌日22日のドラフト会議までの空白の1日を利用しての契約でした。21日時点では当時の協約で江川投手はドラフト対象外という解釈に基づき巨人軍が行ったものです。

これは野球協約の盲点でしたが、当時のセリーグ会長はこの契約による選手登録の申請を却下、巨人軍は猛反発し翌日のドラフト会議をボイコットしました。22日のドラフト会議では4球団が江川投手を指名、阪神が契約交渉権を獲得しました。

結局、日本プロ野球の最高決定機関であるコミッショナーの裁定により、江川投手はいったん阪神に入団する形をとり、当時巨人のエース級の活躍をしていた小林繁投手と即座にトレードするというかたちで一連の騒動は幕引きされました。

ただこの騒動は国会で議題に上るほど、当時の日本中でも議論されるほどの社会問題となりました。その後も江川投手と小林繁投手の遺恨が話題となりましたが、後年テレビCMで二人の対談映像が流されるなど影響の大きさを物語っています。

清原選手、涙のドラフト会見

1985年のドラフト会議では、日本中を湧かせたPL学園の桑田真澄投手、清原和博選手のKKコンビの動向が注目されました。ともにドラフト1位間違いなしという評価でドラフト会議に臨みましたが、誰もが驚く結果となりました。

当時巨人ファンを公言し巨人入りを熱望していた清原選手は巨人軍とも相思相愛とされ、誰もが巨人軍のドラフト1位は清原選手だと信じていました。一方、桑田投手は憧れの早稲田大学への進学を表明しており12球団がドラフト指名を回避すると思われていました。

しかしふたを開ければ巨人軍のドラフト1位指名は桑田投手、清原選手は6球団から指名をされましたが当然巨人軍からの指名はありません。結局巨人軍は桑田投手を単独氏名、清原選手は西武が交渉権を獲得しました。

この指名後、清原選手は涙を流して会見に応じていました。熱望していた巨人軍から指名されず、よりによって1年生からチームメイトとして一緒に甲子園を湧かせてきた桑田投手が1位指名されるとは思いもよらなかったことでしょう。

桑田投手は、その後早稲田大学の入学を断念し巨人軍に入団します。この時もやはり密約説が流れるなど日本中で話題となりました。その2年後の日本シリーズで西武と巨人軍が激突、西武が優勝を決める試合では試合終了直前に清原選手が涙するシーンもこのことがあったからでしょう。

あの伝説のKKコンビをこのようなかたちで仲を裂いてしまったのは残念ですが、二人が偉大過ぎたがために起こった涙のドラフトでした。

空回りのガッツポーズ!?

ドラフト会議の抽選では、当たりくじを引き当てた球団代表者がガッツポーズする風景がよく見られます。いろんなプレッシャーを背負いながら抽選に臨みますのでその喜びたるや相当なものでしょう。

しかしこのガッツポーズが実は外れくじだったという誤りがかつて3回もありました。くじを見て当たりだと勘違いしてしまったがゆえに起きたミスでした。

1回目は2005年の高校生ドラフトです。この時は巨人軍とオリックスが大阪桐蔭の辻内投手を1位指名したため抽選、この時オリックスの中村勝広GMはくじに押印されていた「NPB」の文字を見て当選と勘違いしてガッツポーズ、巨人軍のくじを引いた堀内監督はこの時気づかず外れたと思い席に戻ります。

2回目も同じ2005年で、この時は日ハムとソフトバンクが福岡第一高校の陽仲壽選手をめぐって抽選、同じようにソフトバンクの王監督が勘違いしてガッツポーズ、日ハムのヒルマン監督のくじには「交渉権確定」の文字が押印されていたのですが、何と漢字が読めないため気づかなかったようです。

3回目は2015年のドラフトで、阪神とヤクルトが明治大学の高山俊選手をめぐって抽選、この時はドラフト会議のロゴマークが記載されていたくじを見てヤクルトの真中監督がガッツポーズ、阪神の金本監督はこれを見て外れたと思いくじを確認しませんでした。

結局、3つのケースともその後の確認で正しく訂正されましたが、思わぬ勘違いでも派手にガッツポーズされてしまったら、他の人も外れたと思ってくじをいちいち見ないのでしょう。

しかし同じ誤りが3回も起こるとは思いもよりません、これ以降外れくじは白紙にしたそうですが、ぬか喜びした方もがっかり感は半端ないでしょうね。

硬式野球の経験がないのにドラフト指名!?

ドラフトの過去には、硬式野球の経験がないのにドラフト指名された選手がいます。飯島秀雄選手と大嶋匠選手です。

飯島秀雄選手は、陸上の短距離選手として1960年前半はオリンピックにも出場するなど活躍していました。その後、茨城県庁に勤めるも知人を通して当時のロッテオリオンズの走塁コーチとして招かれる予定が、いつの間にか選手契約の話になっていました。

その後、1968年ドラフト9位でロッテに指名され入団します。野球経験がない飯島選手は完全な代走要因で、プロ生活3年間で1軍では1度も打席に立つことも守備につくこともありませんでした。しかし入団当初はロッテの当時の東京スタジアムの集客は前年の倍と人気はあったようです。

もう一人のドラフト指名選手は、まだ記憶に新しいソフトボール部からプロ入りした大嶋匠選手です。大嶋選手は小学生時に軟式野球の経験はありましたが、中学からソフトボール部に入部、早稲田大学に入学後もソフトボールの日本代表選手として活躍。2011年のドラフト会議で日ハムから7位指名を受け入団しました。

大学では通算80本塁打の打棒に注目されましたが、結局プロでは1軍出場、安打も記録したものの2018年に引退しています。

いずれにしてもプロでは目立った活躍はできませんでしたが、果敢に指名した当時の球団と挑戦した両選手に拍手を送りたいと思います。

まとめ

毎年10月に開催されるドラフト会議ではくじ引きであるがゆえにいろんなドラマがあり、また過去にはいろんなエピソードがありました。野球ファンの注目度は高くテレビ中継もされますが、最近では指名された選手を取り上げた特番も好評のようです。

それ故に社会問題となるようなエピソードやマスコミの取り上げ方も大きいこのドラフト制度について紹介してきました。

  • 契約金の高騰を防ぎ、チーム力の均衡化を目的として導入
  • 指名選手には一定のルールがあり、指名できる選手、できない選手がいる
  • 意中の球団に指名されたいがため、球団は何とかして契約を勝ち取りたいために起きたエピソード

球団も選手もファンも熱くなるドラフト会議、いろんな過去がありますが、入団してしまえば指名順位は関係ありません。あこがれて入ったプロ野球の世界で指名された全選手に活躍してもらいたいものですね。

今年はどんなドラマが起きるのでしょうか?まだまだプロ野球から目が離せないシーズンは続きます!

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