一口に春夏連覇と言っても、まず甲子園に出るのが難しいのは今さら言うまでもありません。春の選抜ならば前年の秋季大会の地区大会上位進出が最低条件となります。
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1度負ければ終了の夏の選手権と違って都道府県予選、地区大会で負けても選抜される、あるいは同一都道府県内に強力なライバルがいても同一都道府県から複数校選抜される可能性があるという点では、春の選抜の方が出やすいという考えもあるかもしれません。
それでも都道府県大会ではベスト4ないし3位以上まで進まないと地区大会に出場できません。ここまでに敗退すると選抜出場は絶たれます。
さらに4から7の府県の上位2から3チームが進出する地区大会でもベスト4以上に食い込まないと選抜されないという点でもかなりの狭き門です。
選抜は32校から記念大会で34校ないし36校しか出場できないため単純に出にくいともいえるでしょう。まして新チーム発足直後の秋季大会ですので、チーム強化、調整は難しい面もあります。
晴れて選抜に出場しても1回戦から決勝までの5試合を1度も負けずに優勝するのはもちろん容易ではありません。大会前に優勝候補に挙げられても負けてしまうことは普通にあります。
そして夏の選手権で優勝するには、地方予選から甲子園の決勝まで1度の負けも許されません。地方予選でノーシードとなれば8試合、甲子園でも1回戦からの登場ならば6試合、最大で計14連勝することになります。
ここに春の選抜優勝校として春夏連覇を目指そうとしても、夏の予選で敗退してしまう高校もざらです。まして選抜優勝校ともなると4月、5月には招待試合による遠征などもあり、モチベーションの維持も含め夏の大会までの調整も難しいものがあります。
こういった諸条件を克服して、春夏ともに甲子園で無敗のまま連覇するというのがいかに厳しいものかは想像するのに難くありませんね。
そんな厳しい条件を乗り越えて春夏連覇を達成した高校について続いて見てみましょう!
甲子園で春夏連覇達成校は、史上初の1962年(昭和37年)の栃木県代表作新学院に始まり2018年史上2回目の春夏連覇を達成した大阪桐蔭まで7校あります。
史上初の春夏連覇は栃木県の名門作新学院でした。と言っても1962年の時点では春夏ともに2回目の出場の新鋭校で、しかも春は第34回大会と30回以上も大会がありながら春夏連覇校がない中での史上初の快挙は立派と言えます。
選抜の優勝投手で後に早稲田大学からプロ入りする八木沢壮六投手が夏の甲子園開会式当日に赤痢にかかり夏は登板できませんでした。しかし控えの加藤斌(たけし)投手が奮闘、夏の優勝投手となり卒業後は中日に入団します。
終ってみればプロ入りする投手2人を擁し、春は松山商、日大三、夏は慶応、岐阜商、中京商といった当時の強豪校を抑えての連覇でした。
また当時の夏の選手権は、栃木県を制覇した後に群馬との北関東大会を制しての出場だったことも特筆すべきでしょう。
回戦 | 対戦相手 | スコア |
2回戦 | 久賀(山口) | 5-2 |
準々決勝 | 八幡商(滋賀) | 2-0 |
準決勝 | 松山商(愛媛) | 3-2 |
決勝 | 日大三(東京) | 1-0 |
回戦 | 対戦相手 | スコア |
1回戦 | 気仙沼(宮城) | 2-1 |
2回戦 | 慶応(神奈川) | 2-0 |
準々決勝 | 岐阜商(岐阜) | 9-2 |
準決勝 | 中京商(愛知) | 2-0 |
決勝 | 久留米商(福岡) | 1-0 |
作新学院の史上初の春夏連覇からわずか4年後、愛知の古豪中京商が史上2校目の春夏連覇を達成しました。この時点で中京商は夏3連覇(1931~33年)、夏春連覇(1937~38年)を経験しており、残すは春夏連覇のみでした。
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この年の中京商は、主軸の伊熊博一(中日1位)、平林二郎(阪急1位)、エースの加藤英夫(近鉄2位)、捕手の矢沢正(広島2位→拒否、巨人ドラフト外)とドラフト上位指名4選手を抱えるタレント軍団でもありました。
選抜の準々決勝米子東戦では大勝しますが、それ以外の対戦は3点差以内で勝ち上がるという接戦での勝負強さが、当時の中京野球の強さを物語っています。
回戦 | 対戦相手 | スコア |
1回戦 | PL学園(大阪) | 5-2 |
2回戦 | 高鍋(宮崎) | 6-5 |
準々決勝 | 米子東(鳥取) | 11-2 |
準決勝 | 宇部商(山口) | 5-4 |
決勝 | 土佐(高知) | 1-0 |
回戦 | 対戦相手 | スコア |
1回戦 | 秋田(秋田) | 2-0 |
2回戦 | 岡山東商(岡山) | 5-4 |
準々決勝 | 桐生(群馬) | 4-2 |
準決勝 | 報徳学園(兵庫) | 2-1 |
決勝 | 松山商(愛媛) | 3-1 |
史上3校目の春夏連覇は、名将尾藤監督率いる和歌山県の県立箕島高校が、ともにプロ入りした石井毅投手、嶋田宗彦捕手のバッテリーを擁して達成しました。
選抜では準決勝、決勝と大阪代表のPL学園、浪商を下し選抜3回目の優勝を成し遂げます。選手権では、3回戦で伝説の名勝負星稜高校との延長18回を制して頂点まで駆け上がりました。
選手権の初優勝とともに春夏連覇を達成して以降は春夏ともに優勝から遠ざかっていますが、紛れもなくこの時代の全国屈指の強豪校でした。
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回戦 | 対戦相手 | スコア |
2回戦 | 下関商(山口) | 10-4 |
準々決勝 | 倉吉北(鳥取) | 5-1 |
準決勝 | PL学園(大阪) | 4-3 |
決勝 | 浪商(大阪) | 8-7 |
回戦 | 対戦相手 | スコア |
2回戦 | 札幌商(北海道) | 7-3 |
3回戦 | 星稜(石川) | 4-3 |
準々決勝 | 城西(東東京) | 4-1 |
準決勝 | 横浜商(神奈川) | 3-2 |
決勝 | 池田(徳島) | 4-3 |
史上4校目の春夏連覇校はPL学園ですが、この時点で春2回、夏3回の全国制覇がありました。特に1983年から85年はKKコンビの桑田投手、清原選手が1年夏から5季連続甲子園出場、5連覇もあるんじゃないかというくらい圧倒的な強さでした。
しかしKKコンビのPL学園は、夏2回の優勝と1回の準優勝、春は準優勝1回、ベスト4がそれぞれ1回と以外にも春夏連覇を達成できずに終わりました。
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しかしその2学年下の後輩たちが偉業を成し遂げます。主将の立浪和義選手、4番の片岡篤史選手の主軸に野村弘、橋本清、岩崎充弘の投手3本柱という超強力メンバーです。
2学年上の桑田、清原両選手の背中を見ていた後輩たちが磋琢磨した結果、それまでの先輩たちが成しえなかった春夏連覇という新たな勲章を勝ち取ります。
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さらに夏の選手権の決勝では、2年時のKKコンビが夏の決勝で敗退した取手二高を率いた木内幸男監督でした。木内監督は常総学院に移って最初の夏の選手権で同校を決勝まで進めます。
決勝ではKKコンビの屈辱を晴らすべくPL学園が常総学院を下し、見事に先輩の借りを返しての優勝でもありました。
回戦 | 対戦相手 | スコア |
1回戦 | 西日本短大付(福岡) | 3-1 |
2回戦 | 広島商(広島) | 8-0 |
準々決勝 | 帝京(東京) | 3-2 |
準決勝 | 東海大甲府(山梨) | 8-5 |
決勝 | 関東一(東京) | 7-1 |
回戦 | 対戦相手 | スコア |
1回戦 | 中央(群馬) | 7-2 |
2回戦 | 九州学院(熊本) | 7-2 |
3回戦 | 高岡商(富山) | 4-0 |
準々決勝 | 習志野(千葉) | 4-1 |
準決勝 | 帝京(東東京) | 12-5 |
決勝 | 常総学院(茨城) | 5-2 |
史上5校目の春夏連覇は横浜高校、あの松坂大輔投手を擁したチームでした。当時の横浜高校も超高校級松坂投手を始め、小山良男捕手、後藤武敏選手、小池正晃選手と4人の選手がプロ入りしました。
選抜では優勝候補の筆頭で前評判通りの強さで優勝、ベスト4は神奈川勢2校(横浜、日大藤沢)、大阪勢2校(PL学園、関大一)で占めることになりましたが、見事横浜高校が大阪勢を抑えました。
そして夏の選手権は、数々の伝説を残して偉業を達成します。第80回の記念大会で全国55校の代表校が集う中、横浜高校の小山良男捕手の選手宣誓で幕を開けました。
大会は1回戦でノーヒットノーランを達成した鹿児島実業の好投手杉内俊哉と2回戦で対戦するも危なげなく勝ち上がります。準々決勝は選抜でも対戦し接戦で下したPL学園戦です。
この試合は延長17回までもつれた結果、17回表の劇的な2ランで横浜高校がPL学園を返り討ちにします。松坂投手は17回を投げぬきますが、延長で横浜が突き放してもPL学園が裏に追いつくというまさに死闘、歴代の甲子園の名勝負として語られます。
松坂投手が延長17回、250球を投げ切った翌日の準決勝明徳義塾戦は、先発を回避し2年生投手が先発しました。このため試合は明徳義塾が7回裏終了時点で6-0とリードします。
横浜高校もここまでかと思われましたが、なんと8回裏に4点を返して2点差、そして9回表には松坂投手がマウンドに上がります。9回表を無失点で切り抜けると9回裏に3点を返して劇的な逆転サヨナラ勝ちを収めました。
そして最後の総仕上げとなる決勝戦では松坂投手がノーヒットノーランを達成しての春夏連覇、準々決勝以降の横浜高校の試合ぶりはまさに神がかり的なものでした。
この年の横浜高校は新チーム結成以降、秋季大会から最後の国体まで公式戦無敗で終わりました。高校野球史上最強のチームかもしれません。
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回戦 | 対戦相手 | スコア |
1回戦 | 報徳学園(兵庫) | 6-2 |
2回戦 | 東福岡(福岡) | 3-0 |
準々決勝 | 郡山(奈良) | 4-0 |
準決勝 | PL学園(大阪) | 3-2 |
決勝 | 関大一(大阪) | 3-0 |
回戦 | 対戦相手 | スコア |
1回戦 | 柳ヶ浦(大分) | 6-1 |
2回戦 | 鹿児島実(鹿児島) | 6-0 |
3回戦 | 星稜(石川) | 5-0 |
準々決勝 | PL学園(南大阪) | 9-7 |
準決勝 | 明徳義塾(高知) | 7-6 |
決勝 | 京都成章(京都) | 3-0 |
史上6校目の春夏連覇は沖縄県の興南高校でした。沖縄勢の全国制覇は、それまで沖縄尚学が選抜で2回達成していましたが、夏は1度もありません。
1990から91年の選手権では沖縄水産が2年連続で準優勝と悲願の初優勝まであと1歩のところで涙を飲んでいます。県勢初の選手権制覇という悲願を興南高校が春夏連覇という最高のかたちで達成したことになります。
この年の興南高校は1年夏からベンチ入りしているトルネード左腕島袋洋奨投手がエースでした。島袋投手が3年生となったこの年は投手力と強力打線を看板に選抜では危なげなく初優勝します。
選手権も強力打線で順調に勝ち進み、準決勝の報徳戦は序盤の5点ビハインドを跳ね返して逆転勝ちを収めましたが、この試合以外は安定した試合ぶりで勝ち続けます。
選抜では智辯和歌山、帝京、日大三、選手権でも明徳義塾、報徳学園、東海大相模と甲子園優勝経験校を次々と撃破、それ以外の対戦相手も甲子園の常連校で決して楽な連覇ではなかったのではないでしょうか。
回戦 | 対戦相手 | スコア |
1回戦 | 関西(岡山) | 4-1 |
2回戦 | 智辯和歌山(和歌山) | 7-2 |
準々決勝 | 帝京(東京) | 5-0 |
準決勝 | 大垣日大(岐阜) | 10-0 |
決勝 | 日大三(東京) | 10-5 |
回戦 | 対戦相手 | スコア |
1回戦 | 鳴門(徳島) | 9-0 |
2回戦 | 明徳義塾(高知) | 8-2 |
3回戦 | 仙台育英(宮城) | 4-1 |
準々決勝 | 聖光学院(福島) | 10-3 |
準決勝 | 報徳学園(兵庫) | 6-5 |
決勝 | 東海大相模(神奈川) | 13-1 |
史上7校目の春夏連覇は大阪桐蔭高校です。藤浪晋太郎投手、2年生の森友哉捕手という後にドラフト1位でプロ入りする超高校級バッテリーを擁しての偉業でした。
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選別の1回戦では、当時の藤浪投手、愛工大名電浜田達郎投手(現中日)と並んでビッグ3の一角、現在二刀流としてメジャーリーグで活躍する大谷翔平投手の岩手花巻東と対戦します。
この初戦で大勝すると以降は順当に勝ち進み、決勝は北条史也選手、田村龍弘捕手とこちらもプロ入りする注目選手を擁する光星学院(現八戸学院光星)との対戦となりましたが、見事に打ち勝ちます。
大阪桐蔭は選抜初の優勝を達成し、世代最強のチームとして夏の選手権にも甲子園へ乗り込みます。夏の選手権でも2回戦に登場以降は順調に勝ち進みます。そして決勝は選抜と同じ光星学院との対戦となりますが、返り討ちとし春夏連覇を達成しました。
ちなみに光星学院は前年の選手権から3季続けての準優勝という結果に終わりますが、それだけ力のある高校を春夏ともに決勝でくだしたという点で大阪桐蔭の強さがより際立ちます。
平成以降に甲子園に初出場して以降、春は初優勝、夏は3回目の優勝となり大阪桐蔭の時代がいよいよ本格的に到来してきたと感じさせる大会となりました。
回戦 | 対戦相手 | スコア |
1回戦 | 花巻東(岩手) | 9-2 |
2回戦 | 九州学院(熊本) | 5-3 |
準々決勝 | 浦和学院(埼玉) | 3-2 |
準決勝 | 健大高崎(群馬) | 3-1 |
決勝 | 光星学院(青森) | 7-3 |
回戦 | 対戦相手 | スコア |
2回戦 | 木更津総合(千葉) | 8-2 |
3回戦 | 濟々黌(熊本) | 6-2 |
準々決勝 | 天理(奈良) | 8-1 |
準決勝 | 明徳義塾(高知) | 4-0 |
決勝 | 光星学院(青森) | 3-0 |
2012年に大阪桐蔭が史上7校目の春夏連覇を達成してわずか6年後に史上初の2度目の春夏連覇を達成します。
この時のメンバーは、エースナンバーの柿木蓮投手(日本ハム)と根尾昂投手兼遊撃手(中日)の2枚看板に加え控え投手には横川凱投手(巨人)という超高校級の投手3本柱に、主将の中川卓也選手(東京ガス)、藤原恭大選手(ロッテ)、山田健太選手(日本生命)の超強力打線というプロ入り4人というタレント軍団でした。
彼らは2年生時からベンチ入り、レギュラーとして活躍、2017年の第89回選抜大会では同校2回目の優勝の原動力となります。同年の選手権では3回戦で逆転負けを喫しましたが、ほとんどの主力が3年生となって残るこのチームは優勝候補の最右翼となります。
その選抜大会では、準決勝の三重高校戦では9回裏に追いつき、延長12回にサヨナラ勝ちという敗戦直前の試合をひっくり返すという接戦以外は、危なげない試合運びで選抜の2連覇を達成します。
選抜優勝校として臨んだこの年の夏は、大阪予選の準決勝で敗退直前まで追い込まれます。対戦相手は大阪のライバル履正社高校、9回1点のビハインドでツーアウトから3点をもぎ取っての薄氷の勝利でした。
この激戦を乗り越えた大阪桐蔭は、大阪予選決勝を23-2という圧勝で甲子園への切符をつかみ取り、史上初2回目の春夏連覇を目指して甲子園に乗り込んできます。
初戦は強豪校作新学院を3-1で下すものの3回戦では高岡商に3-1と苦戦します。しかし準々決勝では優勝候補の一角浦和学院を11-2の圧勝で本領発揮すると準決勝、決勝へとコマを進めます。
決勝の相手金足農業は好投手吉田輝星投手を擁し、横浜、日大三と強豪校を下して第1回大会以来の秋田県勢の決勝進出です。甲子園は金農フィーバーに沸き、大阪桐蔭に手ごわい相手になるかと思われました。
しかしいざ試合が始まれば連投で疲労があったとはいえ吉田投手に12安打を浴びせ、終わってみれば13-2の圧勝で史上初2回目の春夏連覇を達成しました。
選抜から敗戦の危機を乗り越えながらも甲子園無敗を達成するあたり大阪桐蔭の底力が発揮された大会となりました。
回戦 | 対戦相手 | スコア |
1回戦 | 伊万里(佐賀) | 14-2 |
2回戦 | 明秀日立(茨城) | 5-1 |
準々決勝 | 花巻東(岩手) | 19-0 |
準決勝 | 三重(三重) | 3-2 |
決勝 | 智辯和歌山(和歌山) | 5-2 |
回戦 | 対戦相手 | スコア |
1回戦 | 作新学院(栃木) | 3-1 |
2回戦 | 沖学園(南福岡) | 10-4 |
3回戦 | 高岡商(富山) | 3-1 |
準々決勝 | 浦和学院(埼玉) | 11-2 |
準決勝 | 済美(愛媛) | 5-2 |
決勝 | 金足農(秋田) | 13-2 |
春の選抜90回、夏の選手権100回を超える長い高校野球甲子園大会の歴史で春夏連覇を達成した歴代の優勝校7校を紹介してきました。
春夏連覇がいかに難しいかはまず甲子園への出場がそもそも難しく、選抜大会に出場するには
都道府県大会でベスト4ないし3位以上まで進まないと地区大会に出場できない
さらに4から7の府県の上位2から3チームが進出する地区大会でもベスト4以上に食い込まないと選抜されない
という点が挙げられます。そこから選抜に出場して1回戦から決勝までの5試合を1度も負けずに優勝するのがまずもって至難の業です。
さらに選抜で優勝したチームが夏の選手権に出場して優勝するには、
という点で、相当に実力のあるチームで選手個々の意識の高さがないと春夏連覇はできません。そんな中春夏連覇を達成した高校は
の7校です。大阪はPL学園と大阪桐蔭の2校を輩出しており、大阪桐蔭は2回達成しています。まさに野球王国の称号にふさわしい戦績と言えます。
次の春夏連覇校が現れるのはいつになるのでしょうか?上記の高校が達成するのか、上記以外の新たな都道府県から現れるのか興味深いところです。