イチロー選手は、1991年のドラフト4位で愛工大名電高校からオリックスブルーウェーブに入団します。シーズンでは1992年からメジャー移籍する前年の2000年まで9年間日本プロ野球のオリックスブルーウェーブに在籍していました。
では見てみましょう。
年 | 年齢 | 年俸 |
1992 | 19 | 430万円(契約金4,000万円) |
1993 | 20 | 800万円 |
1994 | 21 | 800万円 |
1995 | 22 | 8,000万円 |
1996 | 23 | 1億6,000万円 |
1997 | 24 | 2億6,000万円 |
1998 | 25 | 4億3,000万円 |
1999 | 26 | 5億 |
2000 | 27 | 5億3,000万円 |
イチロー選手を一躍全国区にしたのが日本プロ野球史上初の1シーズン200本安打を達成した1994年には登録名を鈴木一朗からイチローに変更しています。この年の契約更改で年俸は一挙10倍の8,000万円まで増えました。
翌年の1995年は1月の阪神大震災で本拠地神戸も被災、震災からの復興を目指しチームは悲願のリーグ優勝を達成しました。自身も2年連続MVP、首位打者、打点王など5部門でタイトルを獲得、年俸も倍増の1億6,000万円と入団5年目で1億円プレイヤーの仲間入りを果たします。
その後、年俸は右肩上がりと順調に増やしていき、2000年のシーズンオフにポスティングによるメジャー移籍を表明し2001年からはメジャーリーグでプレーすることになります。
2001年からはメジャーリーグのシアトルマリナーズでプレーすることになります。日本人野手初のメジャーリーガーの誕生です。イチロー選手はメジャー移籍1年目から活躍し、以後メジャーリーグのスタープレイヤーとして君臨し続けます。球団所属別の年俸の推移を見ていきましょう。
2000年に3年総額1,400万ドルで正式契約を結んだイチロー選手の年俸は、マリナーズ時代も右肩上がりに増えていきます。
年 | 年齢 | 年俸・ドル | 年俸・円換算(1$レート) |
2001 | 28 | 466万ドル | 約5億6,600万円(121.5) |
2002 | 29 | 467万ドル | 約5億8,600万円(125.4) |
2003 | 30 | 467万ドル | 約5億4,100万円(115.9) |
2004 | 31 | 650万ドル | 約7億300万円(108.2) |
2005 | 32 | 1,250万ドル | 約13億7,800万円(110.2) |
2006 | 33 | 1,250万ドル | 約14億5,400万円(116.3) |
2007 | 34 | 1,250万ドル | 約14億7,200万円(117.8) |
2008 | 35 | 1,800万ドル | 約18億6,100万円(103.4) |
2009 | 36 | 1,800万ドル | 約16億8,500万円(93.6) |
2010 | 37 | 1,800万ドル | 約15億8,000万円(87.8) |
2011 | 38 | 1,800万ドル | 約14億3,600万円(79.8) |
2012 | 39 | 1,800万ドル | 約14億3,600万円(79.8) |
移籍前後はメジャーで通用するのか不安視する声もありましたが、2001年の移籍1年目からMVP、新人王、首位打者、盗塁王など多くのタイトルを獲得し、不安視する声を完全に吹き飛ばしました。
それ以降もシーズン安打数、通算安打数の記録をはじめオールスターの常連になるなどメジャーリーグでも存在感の大きな選手となりました。2008年以降は5年9千万ドルで契約を延長し、自身最高の年俸1,800万ドルを5年間継続することになります。
マリナーズで12年間プレイした後、2012年の7月イチロー選手1人に対して相手選手2人という2対1のトレードでニューヨークヤンキースへ移籍します。この時、背番号は自身初めて51番以外の31番をつけることになります。
年 | 年齢 | 年俸・ドル | 年俸・円換算(1$レート) |
2013 | 40 | 650万ドル | 約6億3,400万円(97.6) |
2014 | 41 | 650万ドル | 約6億8,800万円(105.9) |
ヤンキースへの移籍年2012年は安打数、打率など低迷し、2013年には2年総額1,300万ドルでヤンキースと2年契約を結びますが、年俸を1,800万ドルから650万ドルへ大きく下げてしまいました。
それでも2013年には日米通算安打数4,000安打を達成、日米で話題になるなどまだまだ存在感の大きさを示していました。しかしFAとなった2015年の1月にマイアミマーリンズと契約を結ぶことになります。
2015年の1月に年俸200万ドル+出来高の1年契約を結び、年俸はさらに大きく下げてしまいます。
年 | 年齢 | 年俸・ドル | 年俸・円換算(1$レート) |
2015 | 42 | 200万ドル | 約2億4,200万円(121.0) |
2016 | 43 | 200万ドル | 約2億1,800万円(108.8) |
2017 | 44 | 200万ドル | 約2億2,400万円(112.1) |
マーリンズ時代は単年契約で200万ドルが3年続きましたが、背番号は51番に復帰、2016年には史上30人目のメジャー通算3,000安打を達成しました。しかし2017年のオフに契約更新されずマーリンズを退団することになります。
2018年は自身初のキャンプイン時に所属球団が決まっていない事態となりましたが、3月にマリナーズと1年契約を結ぶこととなりました。
年 | 年齢 | 年俸・ドル | 年俸・円換算(1$レート) |
2018 | 45 | 75万ドル | 8,300万円(110.4) |
2019 | 46 | 75万ドル | 8,200万円(109.3) |
2018年は75万ドルまで年俸を下げてしまいますが、出来高で200万ドルまで増える契約でした。しかし5月には会長付特別補佐としての契約を結び、残り試合は選手として試合に出場しないこととなりました。
そして2019年はマリナーズとのマイナー契約となり、3月にメジャー契約に切り替わった後の20日、21日に東京ドームで行われたアスレチックスとの開幕2連戦に出場後、引退を表明しました。
18歳でオリックスブルーウェーブに入団し、メジャーリーグへ移籍、45歳で引退するまで28年間の現役生活を送ったイチロ-選手ですが、生涯最高年俸と年俸総額は
最高年俸が約18億円というのはさすがメジャーリーグというのもありますが、オリックス時代の年俸総額が9年間で約19億8,000万円ですので、メジャー1年で日本プロ野球9年分を稼ぐというのも驚きです。
何よりも一番すごいのは28年間、日本9年、メジャー19年とレベルの高いメジャーで20年近くプレーしたことではないでしょうか?その間、数々の記録を打ち立てましたが、この先イチロー選手を超える日本人メジャーリーガーは現れないと言っても過言ではないでしょう。
イチロー選手が1991年にオリックスブルーウェーブに入団してから、2019年にシアトルマリナーズで引退するまでの年収の推移を紹介してきました。メジャー19年で稼いだ額は約168億円とメジャーで長らく活躍したことの証左とも言えます。
生涯の年俸総額と最高年俸は
でした。記録、記憶、年俸ともに日本人最高のプロ野球選手だったイチロー選手が引退してしまったのは寂しい限りです。
メジャーリーグで20年近くも現役生活を送ることができる日本人選手はこの先現れるのでしょうか?まだまだ日本プロ野球から目は離せないですね~。