昨秋までは、左腕の植田投手がエースでした。しかし昨秋の時点で石川選手が登板する機会も多く、ほとんどの試合で先発しています。2年生の時は3塁手として出場していましたが、現地でも見たところ確かに送球も良く、元々投手だったのかなと思ったくらいです。
しかし石川選手は元々野手で、投手経験はほとんどなかったようです。それでもチーム事情と地肩の良さもあり投手に起用されると、野球センスの良さもあり投手としてメキメキと頭角を現します。
石川「投手」のすごさは、地肩が良いこともあり140㎞を超える速球も連発しますが、変化球を含めた制球力の良さにあります。本職の投手でもなかなか難しい制球力ですが、これが抜群に良かったのではないかと思います。
また石川投手のフォームは投手っぽくなく、見るからに野手投げのようなテークバックも大きくなくスリークォーター気味の投げ方でした。制球力が良いことが好投の秘訣ではありますが、このフォームが打者にとってタイミングが取りづらかったのも要因だったでしょう。
甲子園では、最速○○㎞投手といった表現が話題にもなりますし、ファンも見たいと思いますが、石川投手のような制球力、スピード、打ちずらさを備えた投手は特に打線がまだ活発ではないセンバツに上手くはまったと言えるでしょう。
「打者」石川選手は、決勝で2本の本塁打を含む大会通算3本塁打で選抜の1大会記録3本塁打に名を連ねました。打つ方は前評判通りの活躍でしたが、決勝での完封&2本塁打は史上初の快挙です。
打者としてはプロ野球のドラフト会議で地元球団中日ドラゴンズ、ソフトバンク、オリックスの3球団から1位指名を受けました。抽選の結果ドラゴンズが交渉権を獲得しました。3球団から1位の評価を受けるほどの実力は申し分ないといえるでしょう。
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東邦高校と言えば「春の東邦」と言われるように今大会までは全国最多タイの4回の優勝回数を誇っていましたが、冒頭にも述べたように平成元年にも優勝しています。今回の東邦高校は、甲子園に乗り込む際に「平成最初と最後の優勝」を合言葉にモチベーションを上げてきたようです。
平成元年の優勝は、大阪の上宮高校との決勝戦が今でも語り草になるくらいの激戦でした。当時、元木、種田を中心とした超強力打線に2年生ながらエースの宮田投手を擁するなど後にプロ入り選手が4名もいたほどまさに西の横綱との呼び声高いチームが相手です。
当時の東邦高校も、山田、原の前年センバツの準優勝バッテリーを中心に安定した試合運びで2年連続で決勝まで勝ち進みました。結果は延長10回裏2死からの劇的な逆転サヨナラで東邦が優勝したのですが、それから時は30年を経ます。
現監督の森田監督は当時コーチで、監督になってからは甲子園出場し勝利数も重ねますが優勝からは遠ざかっていました。そんな中、平成最後のセンバツ出場切符を手に入れて臨みます。
今回のチームも東海大会の覇者として、大会参加校のうち最高打率、盗塁数など十分に全国レベルのチームでした。そこに来て平成最後のセンバツ大会ということでモチベーションが高かったのは想像に難くありません。
もちろんモチベーションだけで勝ち上がれるほど勝負の世界、特に一発勝負の甲子園では甘くはありません。しかしこのモチベーションこそが厳しい冬を乗り越えて躍進する原動力になったのは間違いないでしょう。
これについては、もう奇跡的としか言いようがありませんが、そもそも今回のセンバツに大阪桐蔭は出場できませんでした。そこに来て東邦高校のブラスバンドも海外遠征で準決勝まで甲子園には来られず、日ごろから親交のあった大阪桐蔭高校のブラスバンド部に応援をお願いすることになります。
両校はブラスバンド部も有名ですが、まさか大阪の高校が愛知の高校を友情応援してもらえるのも珍しいと思います。また驚くことに大阪桐蔭高校は前年春夏連覇をしており甲子園での負けを知りません。
厳密にはその前の年2017年のセンバツにも優勝していますが、同年の夏では3回戦で負けています。しかしそれ以降、甲子園では負け知らず。まさかこのセンバツでも東邦を応援して負け知らずで来られるとは思ってもいなかったでしょう。
甲子園でも話題にはなりましたが、負け知らずのハイレベルなブラスバンドの応援があれば選手の士気にもプラスになるでしょう。普段出ない力が出ることもあると思います。
実はこれが一番劇的でしたが、東邦高校はセンバツの選考の指標となる秋季東海大会の準決勝で敗退直前まで追い込まれました。慣例では、東海地区からの選出は2校です。すなわち東海大会の決勝に進めば選出される可能性が非常に高いのですが、東邦高校は準決勝で敗退しかけました。
東海大会の秋季大会では、準決勝で岐阜の中京学院大中京と対決。9回の時点で5点差のビハインドでした。普通ならばこのまま敗退するのですが、東邦高校はこの9回に何と5点差を追いつきます。
そこから延長に入ると中京学院中京に10回に1点をとられ再びがけっぷちに。しかし勢いに乗った東邦は10回裏に2点を入れて逆転勝利をおさめます。一度死にかけたチームが土壇場の土壇場で這い上がったのです。
もし今回の選抜優勝が筋書き通りだとしたならば、この東海大会の逆転劇は前もって定められた宿命ともいえますが、そんなことは誰も知る由はありません。むしろこの逆転劇が東邦高校に希望と活力を与えることになったのではないかと思います。
準決勝を勝ち抜いた東邦高校は、決勝では三重の津田学園を相手にワンサイドゲームで東海覇者となります。その後の神宮大会では甲子園常連、2016年の大逆転勝利した相手である青森の八戸学院光星に負けてしまいますが、センバツでは初戦でその八戸学院光星を下した広陵高校をワンサイドで下し、優勝まで突っ走ることとなりました。
センバツ甲子園で愛知代表の東邦高校が平成最初と最後の優勝をおさめたのは、二刀流の活躍をした石川昂弥選手を中心に非常にハイレベルにまとまったチーム力と、平成最後の優勝と最多優勝回数にかける意気込み、大阪桐蔭高校の友情応援、秋季大会の驚異の粘りといろんな要素が絡み合っての結果でした。
逆に言うと全国で勝つということが単なるチーム力だけではなかなか難しいといえます。ちなみに2回戦以降はプロ野球の球団の本拠地がある高校との対決(広島、福岡、兵庫、千葉)だったことも不思議な因縁を感じます(東邦の本拠地ドラゴンズは低迷しているだけに)。
残念ながら夏の大会は愛知県予選の2回戦でまさかのコールドゲームで敗退しましたが、石川昂弥選手は3球団から1位指名され抽選の結果地元中日ドラゴンズに入団することになりました。プロ野球での今後の活躍も楽しみですね!